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■三田歌舞伎2008年7月号 No.2  犬丸 治会員(1982年卒)による寄稿文


次男坊の鬱屈 〜「菅原・加茂堤」を読む〜 

犬丸 治

はじめに   歌舞伎を研究するには

現役学生諸君は、本年度の三田祭で「寺子屋」を上演する。その際の心得は、6月21日の歌舞伎講座で、渡辺保放送大学教授が委曲を尽くして解説したので、ここでは繰り返さない。歌舞伎はまず「型」。「型は心」と言われ、そこには当然役の「性根」(心理・性格)が裏打ちされなければならないが、初心者はまず師の教えた型を忠実に守るべきである。
心はそのあとに付いてくる。
大切なのは、言うまでも無く実際の舞台を見ること。不幸にして上演されていなければ、ビデオ・DVDを繰り返し見ることである。しかしここには重大な陥穽がある。映像は、どうしても主役がアップになる。シテの演技をワキがどう受けたか、舞台上の役の居どころが曖昧なのと、劇場空間で観客と役者との間で醸し出される独特の空気を記録していない。
実際の舞台であれだけ大きく見えた役者の芸が、ビデオでは表層的にしか記録されないのは、アップによってシテとワキ、観客の三位一体関係が喪失しているからである。従って映像資料は、あくまで「参考」にとどめるべきで、過信は禁物である。
今回のような丸本歌舞伎に取り組む時は、是非義太夫でその作品を聴いて欲しい。
人形浄瑠璃の義太夫と、歌舞伎竹本は、似て非なるものと考えて良い。
前者が人形・三味線と一体となってドラマを構成する純然たる語り物なのに対し、後者はあくまで役者の演技の従属物だからである。歌舞伎初心者が口を揃えて「丸本歌舞伎は退屈」と言うのは当然で、役者の演技や思い入れに合わせて、竹本が間延びし、伴奏音楽に堕す傾向が強いからである。竹本の糸と、役者の演技がピタリとはまる時の絶妙な快感を楽しむには、それなりの時間と修練が必要だ。といっても、難しいことではない。要は感性が磨かれて行くのだ。
「丸本歌舞伎」を理解するには、まずは文楽の義太夫を聴いてほしい。イキを詰んだコトバと三味線がかもし出す劇的な緊張。そのドラマの骨格が、ダイレクトに伝わり、必ず役作りに役立つはずだ。
山城少掾・三代目・四代目清六、綱大夫・弥七といった名人の芸に触れられれば最良だが、 「寺子屋」なら、越路大夫・喜左衛門、住大夫・燕三のCDは入手が容易である。
以下は、より深くに「寺子屋」を研究したい人の為の簡略な手引である。



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